2020.10.23
【スペシャル対談】大田こぞう x 磯辺篤彦(九州大学応用力学研究所)
「ラブアース・クリーンアップ」キャンペーンのアドバイザー・九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦先生にお話を伺います。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
海に関係するお仕事をしていらっしゃる磯辺先生。突然ですが、好きな生き物はいますか?
好きというか、見かけるとテンションが上がるのはアカウミガメです。今から30年くらい前、アカウミガメの背中に超音波発信機を付けて、どういう風に海の中を泳いでいくのか追尾するという研究を行いまして。漁船に乗って4日ほど徹夜でひたすらアカウミガメを追いかけたんですね。だから今でも見かけると、その時の気持が蘇ってきて非常にテンションが上がります。
それは4日間徹夜したテンションが蘇ってくるってことですか? ちょっと尋常じゃないですよね(笑)
トラウマになっているのかもしれませんけど(笑)
現在はどういった研究をしているのでしょうか。
海洋物理学という分野で、海流を調べています。海の水がどこから来てどこに行くのか。将来的に流れはどうなるのか。ひたすら研究しています。いたって地味な分野ですが、私はとても楽しんでいます。
海洋物理学って初めて聞いたのですが、潮の流れを計算したりするのですか?
そうですね。基本的にはニュートン力学なのでF=ma…
ふえーん(泣) 学生の時、苦しめられたやつ…。
F=maをほどいて行けば、海の中の流れまで表現できる。ロマンじゃないですか。難しいんですけどね、楽しいですよ。
🐟 海洋プラスチックごみってどんなもの? どのようなものが落ちているの?
先生だけですよ~(笑)そして、ここからが本題になるのですが、最近“海洋プラスチックごみ”って、よく耳にしますよね。レジ袋が有料化になったこともきっかけになり、多くの方が海とごみの問題について、ぼんやりとでも想像するようになったんじゃないかと思います。そもそも、海洋プラスチックごみとはどういうものなんでしょうか。
海洋プラスチックごみとは、陸から河川を通じて海に入ってきた「海洋ごみ」といわれるものの中でも多くを占めるプラスチックごみのことです。私は約12~3年前から海洋プラスチックごみの研究に取り組んでいます。研究の際に海岸に落ちているごみを数えることがあるのですが、そこには、人が生きていると出てくるであろう、ありとあらゆるものが落ちています。そのなかでも、70%はプラスチックごみです。日常の中で僕たちがとても便利に使っていて、捨ててしまうものの7割くらいがプラスチックだということです。
「海洋プラスチックごみ問題の真実~マイクロプラスチックの実態と未来予想図」
化学同人社 DOJIN選書86
そのくらい私たちの暮らしの中にはプラスチックがいーっぱい、当たり前のように存在しているっていうことですね。
安くて、丈夫で、大量に使っていますからね。軽いのでそこら辺に散らばってしまい、ごみになりやすいんです。プラスチックは腐ってなくなったりしないので、自然環境下で最も目立つごみになるのでしょう。
プラスチックごみの中で、目立って多いものは何ですか?
国や時代によって変わりますが、今はペットボトルのキャップが多いと言われています。1996年あたりに初めて、1L以下の小さなペットボトルが出回るようになったんですね。みんなそれを持って出かけ、屋外に捨てていく…ということでペットボトルのごみがどっと増えたんです。ペットボトルはポリエチレンテレフタラート(PET)という素材でできていて、水よりも比重が重く、沈んでしまいます。でもキャップはポリエチレンやポリプロピレンなど、水よりも比重が軽い素材からできているので、水面に浮いて広がってしまう。なので、ペットボトルのキャップが最も海に散らばっているごみということになりますね。きっとペットボトル本体も多いのでしょうが、海に沈んでしまっているのだと思います。
見えていないだけで、本当は海のどこかに沈んでいる…。
細かく砕かれて海に沈んでいるのかもしれないですね。海岸に落ちていて、目に見えるごみのなかで一番多いのはペットボトルのキャップということです。
日本の漂着ごみトップ20
(環境省「漂流ごみ対策総合調査検討業務」による)
「海洋プラスチック問題の真実 ~マイクロプラスチックの実態と未来予測」第1章より 化学同人社 DOJIN選書86
🐟 海洋プラスチックごみは誰が捨てているの?
これって、海に遊びに来た人が捨てて行くとか、そういう問題じゃないですよね。
違いますね。先ほどの話のように、海岸には様々なごみが落ちています。海に遊びに来た人が使うようなものだけではありません。街なかで捨ててしまったものが、川に入り、海に流れ出て海岸に流れ着いているのだろうと言われています。
🐟 日本ではどのくらい海洋プラスチックごみがでているの?
なるほど~。河川を通じて水が運んで海岸に流れ着いているんですね。日本からはどのくらいの海洋プラスチックごみが出ているんですか。
まず日本では、年間900万トンのプラスチックごみが廃棄されていいます。ほとんどがリサイクルや焼却処理されていますが、年間14万トンくらいは道端に捨てられているだろうという試算があります。1人あたり年間約1kgの量です。
え~!私は年間1kgも捨ててないって思うんですけど…。
そうですよね。でもちゃんと捨てたつもりでもごみ箱からこぼれてしまうこともあるだろうし、道端にポイッと捨ててしまうような人も100人に1人くらいはいるかもしれない。そういうことが積もり積もって年間14万トンと言われています。多いように感じますが、900万トンのうちの14万トンですから、約1~2%ですよね。99%くらいはちゃんと処分されているんです。ただ元々の量が多いので、たった1%だとしても10万トン規模に膨れ上がってしまうというのが問題なんですね。
1人あたり年間1kg。365日で割ると1日3g。そう言われると自信がなくなります。私も気づかないうちに捨ててしまっているかもしれないんですね。
2018年のわが国における廃業プラスチックの流れ
「海洋プラスチック問題の真実 ~マイクロプラスチックの実態と未来予測」第5章より 化学同人社 DOJIN選書86
さて、海洋プラスチックごみがどういうもので、そしてもしかすると私も出してしまっているかもしれないということがわかりました。
先生が7月に出された著書「海洋プラスチックごみ問題の真実: マイクロプラスチックの実態と未来予測」、一気読みしました。でも途中でプラスチックがどんどん細かくなっていくところで苦しくなっちゃって、一回本を閉じたんです。これは大変なことだし、ものすごく大切な問題だと思って。そして先生の研究の大変さもよくわかりました。
2ヶ月に1度、ある海岸に行って落ちているごみを全部数えるというのを2~3年やっていました。それはすごく大変でしたね。まあ、そういう仕事なので慣れていますけれど。
すごい情熱ですね。先生がそこまでして海洋プラスチックごみを追いかけている理由を教えてください。
理由…ですか? すごく意表を突かれる質問ですね(笑)環境問題の意識もありますが、プラスチックは一体どこに行くのだろうという素朴な疑問ですね。プラスチックは自然環境下では分解せず、なくならないんですよ。ということは、地球上のどこかにあるはずなんです。世界中で1年間に3000万トンのプラスチックが道端に捨てられているのですが、世界の海に浮かんでいるプラスチックを全部集めても、数10万トン、海岸で集めても100万トンくらい。全然数が合わないんですね。海底に沈んでいるのかもしれないし、地面に埋まっているのかもしれない。途方もない量のプラスチックが行方不明になっているわけです。この地球は一体プラスチックをどこに運んだんだろうというのが、私の興味です。
それを追いかけているんですね。分解されないプラスチックも長い目で見ると元に戻るかもとか言うことは…。
分解には数百~数千年かかると言われています。分解しないと考えたがいいといような時間規模です。
🐟 海洋プラスチックごみ問題のこれからは?
このままだと数十年後には、どういう問題が起きると思いますか?
ひとつは景観汚染です。きれいな海岸を次の世代に残せないというのは問題です。次の世代の人々が海岸で楽しむことを、私たちの世代が奪うのはよくないですよね。そしてもうひとつは、プラスチックごみが散らばるとそれに傷ついて弱ってしまう生き物への影響です。地球は人間だけではなく、いろんな生き物がいて成り立っています。地球上の景色を保ち、生き物が存在する権利を守らなければいけません。そのためにも、人間が責任をもってプラスチックごみを片付けないといけないと思います。
私たちが海洋プラスチックごみに取り組む意義は、自然環境を未来につなげることということですね。そしていま、たくさんの人が海岸のごみ拾いを行ってくれています。海に行かなければごみは見えないかもしれないけれど、実際にごみ問題が起きているのは明らかですもんね。
想像力が必要ですね。海に行ってゴミを片付けるのは、自分たちの子や孫、その次の世代まで想像しているからだと思います。あるいはこの広い地球上の生き物のことを想像するからでしょう。想像力は人間が持っている大きな力です。それがあって初めて「海をきれいにしよう」とか「プラスチックををもっと減らさなければ」という考えに繋がるのだと思います。遠い未来のことや遠くで起きていることを想像するのが大切なのではないでしょうか。
🐟 私達は何をしたらよいの…?
もうプラスチックを使わなければいいんじゃないかという気持ちになってきます…。
そこが難しいところですよね。プラスチックって富裕層の贅沢品ではありません。今回のコロナ禍でも、プラスチックでできたマスクやケータリングの容器などを使った人が多いのではないでしょうか。清潔で、安くて、大量生産できるありがたい素材です。世界中を見渡すと、プラスチックがあるから清潔な暮らしが成り立つ地域もあるはずです。なので、プラスチックを一気に無くしてしまうと、きっとどこかで不幸な人が出てしまうんですよね。減らし方が大事なんです。
使わなければいいっていう単純なことじゃないってことですか。そして、それほど私たちはプラスチックに依存しているんですね。
確実に減らさないといけない。でも、不幸な人を出してはいけない。どうしたらいいと思いますか?
うーん、めっちゃ難しい…。
難しいですよね。だからこそチャレンジしがいがあるし、チャレンジすべきことなのだろうと思っています。
人間ならできると思いたいですね。私たちはこれから、この問題についてどのように考え、行動していけばいいんでしょうか。
このままプラスチックごみを出し続けるとどうなるか。私たち科学者もまだわかっていないところがあります。「このままだと50年後にはこうなってしまう」というのをみなさんに示せればいいんですが、まだまだこの分野は未熟でそこまでに至っていません。でも、科学が未来を予測し、それを教えてくれるまで何もしなくていいということはありません。例えば、汚染物質が広がってその影響があるのであれば、たとえ科学がその未来を予見していなくても、私たちは何らかのアクションを起こす必要があります。今から、できることから取り組んでいくのが大事です。
海にごみを拾いに行くこともそうですけど、そこにたどり着くごみを出さないように気を付けるっていうのは私にもできることですね。
そして、先ほどの「1%は漏れる」という前提をみんなに認識して欲しいですね。全体量の1%が漏れてしまうのであれば、プラスチックごみ全体を少なくしていくしかないんです。ちょっと大変かもしれないけれど、みなさんプラスチックを減らす日常に少しずつ慣れていきませんか、ということなんですね。
そんな中でレジ袋が有料化されたっていうのは、どうなんでしょうか。
実はプラスチックごみに占めるレジ袋の量は、大したことないんですよ。でも、レジ袋の有料化には絶大な告知効果があるんです。買い物をしない人なんて世の中にいませんから。買い物をする度に「レジ袋は有料だ」と言われて、それはなぜだと考え“海洋プラスチック汚染”という言葉を知るはずです。多くの人にとってレジ袋の有料化が、海洋プラスチック汚染について考えるきっかけになるのではないかと思います。
これを機に、いい方向に進むと思いたいですね。でも、このくらいのことをしないと、全体量が減らないことですよね。
世の中の大半の人は、海洋プラスチックごみについて知る機会がきっとなかったんだと思います。その人たちに、こういう問題があるということを周知できたのはいいことですね。でも、まだまだ足りないはず。そしてそういう人たちに、私たち科学者のメッセージをもっと伝えないといけないのではないかと思っています。
先生ご自身は、プラスチックを減らす暮らしのなかで、どういった取り組みを行っていますか。
私もそんなに偉くないんですよ(笑)できることから少しずつ、楽しみながらできれば一番いいと思っています。ペットボトルの代わりに水筒とか、レジ袋の代わりに布バッグとか。少しずつ少しずつ変えていけばいいですね。一人ずつが出したプラスチックごみが積み上がって大きな問題になったのであれば、一人ずつがんばることでプラスチックごみの総量を縮小していくことができるだろうと思います。
ひとつ使うのをやめるだけでも、日本だと掛ける1億人以上ですから。大きくなりますよね。
新型コロナウィルスの流行で“新しい日常”という言葉が使われていますが、プラスチックの話も同じように考えて“新しい、プラスチックを少なくする日常”というのをみんなで作っていけばいいのではないでしょうか。工夫を楽しむことで実現できると思います。そうでないと続きしませんし、そうであってこそ世界のお手本にもなるでしょう。楽しくプラスチックを減らし、ごみも減らすということができれば素敵だと思います。
70年前まではなかったものですしね。その生活に全てを戻すのは難しいでしょうが、見習うことはできますよね。
周りを見渡すと、日本には不要不急のプラスチックが多いのかもしれませんね。
確かにそうかもしれない…。自分自身や家族で、見直してみるのもいいですね。楽しみながら取り組みたいと思います!